昨日関東ではまとまった雪が降りました。今頃の次候は、水沢腹堅(さわみずこおりつめる)といって、七十二候の中では最も寒い、二十四節気大寒の中心にあたります。

しかし日が次第に長くなり、春へ向かう時期でもあるのです。陰暦十二月(新暦では一月二十一日頃~二月三日頃まで)を「春待月」ともいいます。一番寒さの厳しい季節にもかかわらず、その向こうに春を思いこがれる話として、『枕草子』に次のようなエピソードが書かれています。

雪が激しく降り、月が明るい夜のこと。平安時代の村上天皇は、白い器に雪を盛らせ、そこに梅の花を挿して、そばの女官に歌を詠むよう命じました。すると女官は、漢詩を引いて「雪月花の時」と応えました。これは白居易の漢詩「雪月花の時、最も君を憶う」の一節で、この女官の教養の深さと、当意即妙ぶりに、天皇がいたく感心したという内容です。一面の銀世にも、その向こうに春が垣間見える季節です。春を待ちわびる思いは、今ま昔もかわりませんね。春はもう、すぐ隣まで来ています。

合掌

冬の梅 きのうやちりぬ 石の上

与謝蕪村

仏教では自身の善悪の「行為」が、幸不幸の「運命」を生み出すと教えています。

成功も栄達も皆、当人の精進(努力)の結果です。善いタネまきに励むほど、素晴らしい果報が現れます。

雲水(修行僧)になりたての頃、私は道(どっ)さんと名乗る、かなり歳上の先輩僧に生意気にも尋ねました。「道さんは陰日なたなく、何事も無言でせっせと精進されますが、無駄なこともされてはいませんか、どうしてそんなことまでされるのですか」すると道さんは、「君のまいたタネ(精進)が、私の果報(悟り)にはならないからね」と即座に応えたのを今も忘れません。

今年のNHK大河ドラマは「西郷どん」ですが、その西郷隆盛と、江戸城無血開城を成し得た勝海舟、彼にはこのようなエピソードが知られています。長崎で外国の軍艦に乗り組み、実地を研究して西洋の兵学の必要性を痛感した海舟。ある日、書店に立ち寄ると、新刊の兵学の洋書が目に留まりました。砂中に宝石を発見したように喜ぶだ海舟は、その代価を尋ねると五十両と言う。海舟には驚異の大金です。

しかし、この書を逃しては、航海者に灯台のないのと同じと思った海舟は、八方工面した金を持って書店へ駆けつけるも、昨日売れてしまったと言う。一度は落胆しますが、その持主は四谷大番町に住んでいることが分かり、早速尋ねて願いでます。しかし譲ってはもらえませんでした。がしかし一案を思いつき、ならば毎日参上するから、是非書写させていただきますたいと、両手を突いて懇願した結果、あまりの熱意に動かされたのか、持主は夜の十二時以後ならばと、渋々承諾しました。海舟は厚く礼を述べ、それ以降錦糸堀の自宅から、大番町までのべ八キロを、豪雨暴風寒中も毎夜通い続け、8冊の大部を写し終わるのに、二年余りかかりました。持主は海舟の倦まず弛まぬ不屈の精神に感服し、書籍を海舟に贈呈したいと言うも、海舟は持主に深くご芳志に感謝し辞退したといいます。勝海舟は直心影流の免許皆伝者でもあり、私が尊敬する人物の一人でもあります。

目的がはっきりすれば、人はどんな努力もいといません。仏法によって生きる目的を知ったならば、光に向かって勇猛精進できるのです。

釈 正輪 拜