陽春の候。初春のお慶び申し上げます。

正月とは、正月様、年神様、歳徳神、八将神などと呼ばれる田の神様や、ご先祖様を敬い、家々で迎え祭る日です。正月行事は、大晦日から元旦にかけての「大正月」、十四日から十五日にかけての「小正月」と続きます。

今でこそ大神宮では、数百万人を超える人々が訪れますが、このような現象は近年になってからで、私が幼少の頃には、大晦日の夜から氏神様の神社に籠り、初日の出(年神様)を拝む「年籠り」を済ませてから、地域の大社に初詣に出向きました。かつては、三が日を過ぎて松の内(七日から十五日)に、氏神、鎮守社、檀那寺などに、めいめいが参詣したものです。小正月には、どんど焼きやナマハゲなどの行事が、日本全国で行われます。

合掌

何となく 今年はよい事 あるごとし
元旦の朝 晴れて風無し

石川啄木

昔、一休和尚が、椀に盛られたこの食べ物を口にした時、声を上げたそうです。「善哉此汁(善い哉、此の汁)」。余程の美味だったと思われますが、さて、このエピソードが語源とも伝えられる汁物とは。そうです。甘い小豆の中に、白いお餅が浮かんだあの「ぜんざい」です。一休さんは、このぜんざいには目がなかったといいます。

そう言う私もぜんざいが大の好物でして。ひょっとすると、日本人は誰もが好きなのではないでしょうか。さてぜんざいの言葉の起源ですが、幾つものお経の中に出てくるではありませんか。例えば『大無量寿経』には、次のようなお話があります。

お釈迦さまがご説法に立たれた時のこと。弟子の阿難尊者は、お釈迦さまの姿が普段とは全く異なり、光輝いていることに目をみはりました。「光顔巍巍(こうげんぎぎ)」とお経には記されています。驚いた阿難がその理由をお釈迦さまに訊ねると、「善い哉、阿難。問える所甚だ快し」。つまり、とてもよい質問だと阿難を褒めているのです。何故ならば、今、正に「仏法の真髄」を話さんとされるところだったからなのです。仏法の真髄とは、遍く全ての人々を苦しみから解放させることに他なりません。「善哉」は、お釈迦さまが弟子に称賛の意を示した言葉だったのです。

正月に残ったお餅で作ったぜんざいも、その意味を知れば感慨深く戴けそうです。

今年こそ、仏さまに褒められるようなら、光り輝く一年になることを祈念いたします。私の文章が、その一助ともなれば幸いです。

願わくは この功徳をもって 遍く一切に及ぼし
我らと衆生と皆共に 仏道を生ぜんことを

釈 正輪 九拜