「果ての二十日」という言葉をご存知ですか。近年ではほとんど聞かない言葉です。昔の人は、十二月二十日は「果ての二十日」といって、忌み日とされたものでした。昔の都では、果ての二十日は罪人が市中引き回しにされた後、刑場に送られ、処刑される日だったと云われています。

また奈良県の山中では、この日だけに限り、人間の魂を喰らう妖怪が出るという言い伝えがあります。現代でも一部の地方には、この日は山仕事に出ることを避ける、といった風習がまだ残っているところもあるそうです。山仕事とマタギを生業としていた私の母方の祖父は、必ず狩猟解禁後の十月二十日から十二月十九日までの凡そ二ヶ月間と、節分後から三月三十一日までの間だけしか猟に出ませんでした。

私が中学二年生の時でした。祖父に連れられて猟に出掛けた時に、祖父は私にこう言いました。「山には山神さまがいらっしゃり、熊や猪、鹿は神さまの遣いだから、むやみに殺生してはならない。暮れの二十日から節分までは、山神さまがおやすみになられるから、山に入ってはならない。それに四月一日はお前が生まれた日だから、それ以降も猟には出ない」と言いました。二十日は神さまも人も一年の疲れを癒し、心静かに過ごす日なのかも知れません。

合掌

お釈迦さまは、幸せになるには六つ(六度万行・六波羅蜜)の善い種まきをしなさいと教えられています。今回は四番目の「精進(努力)」について説明いたします。

精進と聞くと、肉や魚を使わない精進料理を想起し、生臭いものを食べないことが精進だと思われていますが、そのような意味ではありません。精進とは「精を出して進む」と書くように、正しくは、光に向かって「努力」することを「精進」といいます。仏教では、運命は一人一人の行為(種まき)によって決まるから、善い種(行為)を蒔けば善い結果(幸せ)が、悪い種を蒔けば悪い結果(不幸)が現れると教えています。

修行時代、私が師匠の隠侍(付き人)をしていた時の話ですが、現役時代の川上哲治監督が選手を連れて、よく参禅に来られておりました。その中に王貞治選手もみえ、師の質問に、王さんはこのように応えられました。「努力して報われないことはありません。たとえ結果に結びつかなくても、努力したということは、いつか必ずや生きていくると思います。それでも報われないとしたら、それはまだ、努力とは言えないと思います」それを聞いた師は一言、「待つ(努力する)ことを知るものは勝つ」と言われました。

さてお釈迦さまの教えに従って精進し、やがて悟りを開いた弟子がいました。彼の名前はシュリハンドク。生来自分の名前も覚えられぬほど愚かだったので、さすがの兄も愛想を尽かし、家を追い出しました。門の外で泣いていると、通りかかられたお釈迦さまが尋ねられました。彼は泣きながら訳を話しました。

「悲しむ必要はない。おまえは自分の愚かさを知っている。世の中には、自分が賢いと思っている本当の愚か者が多いのだ。愚かさを知ることは、最も悟りに近いのだ」と優しく慰められたお釈迦さまは、彼に一本の箒と「塵を払わん。垢を除かん」の言葉を授けられました。その後ハンドクは清掃をしながら、与えられた聖語を必死に覚えようとしますが、塵を払わんを覚えると、垢を除かんを忘れ、垢を除かんを覚えると、塵を払わんを忘れてしまいました。

しかし彼はそれを二十年続けたといいます。その間一度だけ、お釈迦さまから褒められたことがありました。「おまえは、何年掃除をしても上達しないが、上達しないことに腐らず、よく同じことを続ける。上達することも大切だが、根気よく同じことを続けることはもっと大事なのだ。これは他の弟子に見られぬ殊勝なことだ」お釈迦さまは、彼のひたむきな精進を評価されたのでした。

やがてハンドクは、塵や埃はあると思っているところばかりにあるのではなく、こんなところにあるものか、と思っているところに、意外にあるものだということを知り、ついに阿羅漢の境地に達したのでした。善き師に出会い、善き法に遇い、よく長期の努力精進に耐えた結実にほかなりません。

善い種まきを根気よく続ける努力、それを精進と申します。

釈 正輪 拜