旬の草花、椿は別名薮椿ともいわれます。万葉集の時代から数々の歌に詠まれ、近世には茶人に好んで用いられました。鑑賞するだけでなく、椿油は高級食用油ですし、昔の人は整髪料として使用していました。また灯の油として役立ったり、椿の木は、印材や工芸品の材料などにも使われています。さらに、品質の高い木炭としても重宝されたそうです。

花一輪ごとぽたっと落ちるさまは、落椿と呼ばれ、散り際はいかにも潔い、ありし日の日本人のように私は思うのです。

合掌

一枝に 花ひとつきり 冬椿

三橋鷹女

暮れになり大掃除をすると、無駄に眠っている物が目につきます。着ない衣類や賞味期限の切れた食品、埃をかぶった健康器具…これらを見ていると、気分が沈んでくるものです。せっかくの物やお金が、生活に生かされないと感じるからでしょう。

昨今では断捨離という行為が流行っていますが、必要以上なものを成る可く持たないように心がける。その精神は大切だと思いますが、ただ不必要な物は捨ててしまえばいい。欲しくなればまた買えばいいと、物に対しての感謝の気持ちが欠けていることを危惧致します。

そこで今回は、お釈迦さまから人生の目的を聞き、その目的達成に邁進していた仏弟子たちが、物を生かすのがとても上手だったことをお話しいたします。こんな逸話があります。

お釈迦さまの弟子の一人阿難尊者は、ある時、王妃から500着もの衣を供養されました。使い道を王様に問われると、次のように答えました。まず衣は、破れた衣を纏っている、多くの法友に分け与えます。そして彼らが着ていた衣服は下着に使い、古い下着は敷布に、古い敷布は枕の布に、枕の布だったものは足拭きに、足拭きは雑巾に致します。

王様が、「さすがに古びた雑巾は捨てるだろう」と聞くと、「細かく切って泥と合わせて家を造る時、壁や床に塗って使います」と答えたのです。私ども僧侶が衣の上に身につける七条袈裟は、衣と同じく糞雑衣(ふんぞうえ)と呼ばれ、亡くなった方が着用してた衣装や、汚物と一緒にゴミとして捨てられているボロ衣装を戴き、それを継ぎ合せているのです。ですからよく見ると、継ぎ接ぎになっていますし色はどどめ色です。

仏教では、この世のものは全て、人生の目的を果たすためのものであり、『仏法領』といわれています。どんな物も粗末にしては勿体無いのです。

今年の年末掃除は、私は本当に、物やお金を生かし切っているだろうかと、振り返ってみながらしてみてはいかがでしょうか。

我 塵を払い、垢を除かん

周利槃特(しゅりはんどく)

わたしたちは、あなたの家庭を、会社を、地域を、世界中を、掃除でピカピカにしたいと思っています。でも、実は私たちが本当にピカピカにしたいのは、人々の「心」のほうなのです。だから掃除をします。周囲も心の中も…

ウォルト・ディズニー

釈 正輪 拜