「恋数え鳥」という名前の鳥を知っていますか?最近では都会でもよく見かけるようになりました。もともとは渓流や水田など、わりと人家に近い所に生息していました。黒と白の羽根のコントラストが綺麗で、長い尾を上下に振りながら歩くことから「岩たたき」「石たたき」などの和名もある鳥、「鶺鴒(セキレイ)です。

二十四節気の一つ「鶺鴒鳴」ころの次候です。この鶺鴒ですが、『日本書記』の国産み伝説に登場します。イザナギとイザナミが子どもを作ろうとするのですが、その方法を知りませんでした。そこにセキレイが現れて、上下を振る仕草をしたところ、神々はそれを見て理解し、大八嶋(日本の島々)を産み落としたと云われています。それが「恋数え鳥」とか「嫁ぎ数え鳥」などと呼ばれるようになったとか。

合掌

せきれいは 尾を振るゆゑに 曇りふかき
川原の石に 見えて啼き居り

島木赤彦

「あの人、またホラをふいてるよ。こりないなぁ」事実を誇張して、大袈裟に話すことを「法螺を吹く」といわれます。自分をよく見せようと、根拠のない言葉を並べるのですね。実はお経の中にも「法螺を吹く」という表現が使われています。「仏さまがいい加減なことを言われるのですか?」と思われたかも知れませんが、そうではありません。

法螺貝を吹くと、見た目以上に大きな音が出ることから、このような云われになったそうです。しかしお釈迦さまの時代には法螺貝もなければ、そのような言い伝えもありませんでした。お釈迦さまは四十五年もの間、声を限りに多くの人へ教えを説いて回られました。そのような御姿を、お経には「法螺を吹く」と例えられているのです。そのような意味では、お釈迦さまは確かに大法螺を吹かれていたと言えるでしょうね。

仏教の目的は、なんびとも幸せにさせることです。お釈迦さまが法螺を吹かれたのも、自らの利益や名誉のためではありません。全人類の幸せ一つを願われてのことです。どうしたらわかってもらえるのだろうかと。言葉を尽くして説かれたことが、時代や国を超えて今なお私たちのところに届いています。

私たちも他人の幸せのために言葉を使える時があれば、とても素晴らしいことですね。

話をすれば幸せの音が聞こえる。そんな他人に幸せを届けられる毎日を送りたいものです。

釈 正輪 拜