朝夕と随分涼しくなってきました。日中はまだまだ残暑がありますが、夜間にはぐっと大気が冷え込み、草花には朝露が降りています。二十四節気では、このころのことを「白露」といいます。

空を眺めると、青空に白いまだらの雲がかかり、秋の雲に移り変わったのがわかります。

田んぼでは稲が実り始め、黄金色に輝きこうべを垂れ始めます。

合掌

わがこころ 稲の穂波に ただよへり

山口青邨

仏教には多くの善、幸せになれる種まきが教えられています。それらをお釈迦さまが六つにまとめられたのが「六波羅蜜(六度万行)」です。その最初の「布施」については、これまで詳しく説明してきました。今回は次の「持戒」について解説しましょう。

「持戒」の戒とは、戒律のことで、仏教で「こういうことはしてはならない」と定められた、生活上の規則をいいます。出家した修行僧には、多くの戒がありますが、それらの戒を固く守ることを「持戒」といいます。「持戒」は、出家の人だけに勧められたものではありません。在家の皆さんであれば「言行一致」約束は必ず守るということです。

ある国王が、城から狩に出ようとしたところ、一人の修行者が訪れ、供養を求めました。王は何か布施をしたかったものの、出発時間が迫っていたので、帰るまで城で待ってもらうことにしました。ところが狩の最中に、王は獲物を夢中で追うあまり、家来を見失ってしまいます。

一人彷徨っていると、眼前に突然飢えた鬼が現れました。今にも食い殺そうとする鬼に王は懇願します。「少しだけ待ってくれないか。私は朝、修行者に布施をする約束をして、城で待たせている。今、お前に食われてしまっては、その約束を果たせない。必ず戻ってくるから、しばらく時間を貰えないだろうか」

鬼は笑って、「調子のよいことを言って、逃げるつもりだろう」と飛びかかろうとした時、王はいいました。「私が恐ろしい鬼さえもだます不正直な人間なら、修行者との約束など、とっくに破っている」と訴えると、納得した鬼は王を解放しました。

急いで城に帰った王は、修行者に宝物を布施して、我が子に国の政治を託すと、約束どおり鬼の前に戻りました。さすがの鬼も、その誠実さに打たれ、王を礼拝して殺さなかったといいます。

この説話の後でお釈迦さまは、世俗の王でさえ、約束を死守しているのだから、仏道修行をする者は、尚更戒律を堅持しなければならないと説かれています。約束を守る人は、周囲から信頼され、物にも恵まれることでしょう。「儲かる」という字は、「信用のある者へ」と書きます。

信用は、何ものにも勝る財産なのです。

釈 正輪 拜