最近麦畑を見る機会がめっきり減りました。今の季節、麦が熟して麦畑一面が黄金色に輝く頃で、麦畑を初夏の風が爽やかに吹き抜けて行きます。いまでは「麦秋」の光景を目にする機会も減ってしまいました。

麦秋は夏の季語ですが、言葉のイメージから、どうしても秋を想像してしまいます。

合掌

土佐よりは 伊予が美し 麦は穂に

三好達治

お釈迦さまの時代に実在したスダッタ長者は、布施の心が大変強く、多くの身寄りのない人に食事を施していたので、給孤独(ぎっこどく)長者と呼ばれていました。

布施とは、仏教で勧められる「六度万行(幸せになれる六つの善い種まき)」の最初で、お金や物、心遣いや労働力、優しい言葉などを施す親切のことです。「情けは人の為ならず」の言葉もあるように、他人に親切にすれば、その果報は巡り巡って必ず自分に現れ、幸せになれると説かれています。

給孤独長者は仏陀の説法に感動し、御招待したいと、故郷に精舎(寺院)の建立を計画し、最適な場所を見つけると、その持ち主の祇陀太子を説得し、譲渡の約束を交わしました。私一人の力でも建立は可能だが、尊い布施行をより多くの人に勧めたいと考えた長者は、町の人たちにこう呼び掛けをしました。

「精舎を建立し、最高の悟りを開かれた仏陀・釈迦牟尼世尊に寄進したいと思います。そこで、ともに建立に参加する同志を募ります。尊い布施のご縁を、皆で分かち合いましょう」
人々は、精舎建立の大事業に参加できる喜びに沸きました。その頃、町外れに住む貧しい老婆が、長い間かかって美しい着物を織り上げました。あまりの出来栄えに喜び、その着物を着て、ウキウキと町を散歩し始めたところ、町はちょうど、寺院建立の気運で賑わっていたのです。

何事か、と老婆が傍らの人に尋ねると、「寺を建てるため、私たちも布施ができるよう、長者様が呼び掛けてくださったんですよ。貧しくても、精一杯、布施をしましょう」。老婆は思いました。「布施とは、お金や物をたくさん持っている人が、貧しい人に恵むことだと思っていたが、私のような者でも布施ができるのか…」だが老婆には、施せるような物は何もありません。たった一枚のお気に入りの着物以外は。

どうしようかと逡巡する老婆の耳に、窓の外から、長者の使者が布施を呼び掛ける声が飛び込んできました。その時、老婆の手は吸い寄せられるよう伸び、外を歩く使者の手元に美しい着物がふわりと投げられたのです。驚いた使者が窓の中を覗くと、老婆が一人黙然と立っています。「これはあなたが…」「はい。他人様に差し上げられるのはこの着物だけ。私にとって命の次に大切なものです。でもせっかくの布施の機会ですから、私もさせてもらいたくて…」葛藤の末の、老婆の尊行を伝え聞いた給孤独長者は深く感動し、直ぐに自分の着ていたものに二、三の品を添え、老婆の家を訪ねました。「持てる人が大金を寄進するのも尊いが、あなたのように貧しい中からされた布施もまた、まことに尊いのです。布施は心が大切なのですから。」

こうして多くの人々の懇志によって落成した壮大な寺院は、お釈迦さまによって『祇樹給孤独園精舎』と名づけられました。「祇樹」とは祇陀太子が献上した樹林を意味し、「給孤独園」は給孤独長者によって用意された園地をさします。この精舎を略して『祇園精舎』と呼んでいるのです。

釈 正輪 拜