日曜日に最終日を迎えた祭り好きで賑わう浅草の三社祭は、東京浅草の浅草神社の例大祭です。推古天皇の頃、宮戸川(隅田川)で浅草寺本尊の観音像を引き上げ祀った士師中知(まじのまつち)と、そのご本尊を川からすくい上げた三人の漁師(檜前浜成、竹成兄弟)を三社権現として祀っています。

祭りは古くは三月に行われていましたが、現在は五月第三日曜日を最終日として三日間行われます。祭では氏子区域の町から、百余基の御輿が神社に宮入し、室町時代からという「びんざさら」の舞が、五穀豊穣を祈って奉納されます。「セイヤ」の掛け声が浅草に響きわたり、いよいよ東京下町に夏の訪れを告げます。

合掌

ところで明日二十三日はラブレターの日だそうです。五(こい)二(ぶ)三(み)
随分強引な語呂合わせなこと。

夕の月に風が泳ぎます
アメリカの国旗とソーダ水とが
恋し始める頃ですね

中原中也「初夏」より

NHK大河ドラマ「直虎」もいよいよ国取り合戦の佳境に入ってきました。駿府尾張三河の勢力の裏で、虎視眈々と政局を見ていた一人の武将がいました。その名も武田信玄。

その信玄が信濃制圧を目指して、出陣しようとしていた時のことです。一羽の鳩が庭木に留まりました。これは勝利の告せなりと兵士たちが歓声を揚げた瞬間、信玄は鉄砲でその鳩を撃ち落としてしまいました。「鳩が来たら縁起がいいと喜ぶ者は、鳩が来なかったら、この戦は危ういと思うに違いない。そうなれば戦わずして負けたも同然だ。むしろ普段から戦いに備えて自己を練磨し、必勝の信念を持つべきである。」縁起を担がず、自らの勝利の道を切り開く気構えが、戦国最強の武田軍団を作ったのです。

お釈迦さまは「私の運命を造るのは私自身の行い(業)である」と言われます。その行いには、「身」と「口」と「心」で造る三つがあり、これを「身口意の三業」と教えられています。例えば、殺生や盗みボランティアなどの行為は、身でやる行いですから「身業」といいます。

また悪口や褒め言葉などは「口業」です。普通行いと聞けばこの二つを思い浮かべますが、仏教ではもう一つの行いがあると説かれています。それが「心で思うこと」。これを「意業」といいます。例えば、お金が欲しい、嫌な人だな、認めてもらいたいなどと思うのも皆、心の行い意業です。

皆さんは一日にどれくらい意業を造っていると思われるでしょうか。ある有名な高僧は、「一人一日のうちに八億四千の憶いあり」と言っています。この「心・口・意」の三つの行いが種(業)となって、不幸を生み出しているのだと、お釈迦さまは諭されています。

口や身の行為だけでなく、心で思うことも私たちの運命に大きく関係しているのです。ですから、いつも他人に恨み呪っている人があれば、自らも不幸な運命を引き起こしす、悪い種を蒔いていることに気づかなければなりません。反対に、常に人に感謝をするよう心掛けてる人は、その善い心の種蒔きによって、幸せな運命が展開していくでしょう。仏教はこれを最も重視いたします。

癇癪(かんしゃく)のくの字をすてて
ただ感謝(かんしゃ)

釈 正輪 拜