「菜虫蝶と化す」末候。小春日和の日が続き、冬を過ごした青虫のさなぎが羽化し、蝶に生まれ変わるころ。やわらかな春の日を浴びて、羽がみずみずしく輝きます。

昔の人は、蝶のことを「夢虫」や「夢見鳥」などと呼んでいましたが、その呼び名は古代中国の思想家、荘子の説話「胡蝶の夢」に由来するそうです。蝶になる夢をみたけれど、本当の私は蝶で、いま人間になっている夢を見ているだけではないかとい
うお話です。夢と現(うつつ)が混じり合う幻想的な蝶のイメージは、昔も今も変わりありません。

合掌

不知周之夢為胡蝶与 胡蝶之夢為周与
(夢の中で蝶なのか、蝶の夢の中なのか)

荘子「胡蝶の夢」より

今年六年目を迎えた東日本大震災ですが、傷が癒えない多くの人々がおみえになります。私の二人の信者さんは、未だ行方がわかりません。

緊急救援救助に駆け付けた消防官の長男は、あの悲惨な光景が頭から離れないと言っています。呻き悶え苦しみながら死んで逝く、たくさんの人々を助けられない状況がそこにはありました。

さて、2011年の秋、朝日新聞の夕刊に、白石明彦記者が「無限の前に腕を振る 中原中也の詩 3・11後の心救う」という記事を出しています。悪夢のような恐ろしい光景を前にして、自然に浮かんでくるのが中原中也の詩だったといいます。そこに取り上げられていたのが、「盲目の秋」という詩です。中也の第一詩集「山羊の歌」に収められている五章目の作品です。長い詩ですので、冒頭だけを引用します。

風が立ち、浪が騒ぎ、無限の前に腕を振る。
その間、小さな紅の花が見えはするが、
それもやがては潰れてしまふ。

風が立ち、浪が騒ぎ、無限のまへに腕を振る。
もう永遠に帰らないことを思って
酷薄な嘆息するのも幾たびであろう…
私の青春はもはや堅い血管となり、
その中を曼珠沙華と夕陽とがゆきすぎる。
それはしずかで、きらびやかで、なみなみと湛え、去りゆく女が最後にくれる笑ひのやうに、
厳かで、ゆたかで、それでゐて侘しく
異様で、暖かで、きらめいて胸に残る…
あゝ、胸に残る…

風が立ち、浪が騒ぎ、無限のまへに腕を振る。

東日本大震災の現実を見たかのような描写に驚きます。何をすればいいのか、何処に向かえばいいのか、そんな「無限」の絶望の中でも腕を振り続けたいと中也は言います。微かな希望を求めて。中也は三十年という短い生涯の中で、弟、父、幼い息子と、次々と身近な死に遭遇しました。人間の死、特に一番身近な人の死というものは、自分も一緒に死んでしまいたいと思う、深い深い悲しみです。

中也の詩は、自分の心というものを鋭くみつめています。その行為が、現実を直視し、更に他者の心を見つめることにも繋がっています。現代は自分さえよければといいとする考えが蔓延しています。中也は自己愛に浸るのではなく、その愛が他者への愛につながることを信じていました。

汚れつちまつた哀しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた哀しみに
今日も風さへ吹きすぎる

中原中也

釈 正輪 拜

3.11関連の書籍はこちらをご参照下さい。
3.11後を生きる術
より良く生きるための術