霞始靆(かすみはじめてたなびく)の候。

霞は春の風物詩です。遠くかすかな眺めが、ほのかに現れては消える、移ろいの早春の季節です。春霞は夜になれば朧(おぼろ)と名を変えます。幻想的な朧月夜もまもなくです。

霞立ち 木の芽もなるの 雪降れば
花なき里も 花ぞ散りける

紀貫之(古今和歌集・春上)

さて今月十五日は、お釈迦さまが八十歳で入滅なされた御命日でした。古来より仏門では、釈迦が亡くなったことを、「涅槃の雲に御隠れになられた」といい、宗派に依っては、二月十五日は『涅槃会(ねはんえ)』という法会が開かれます。

お釈迦さまが、生涯説かれた仏教の目的は、『抜苦与楽(ばっくよらく)』つまり、苦を抜き、楽を与えるといわれています。

「抜」くといわれる「苦」とはいかなる苦しみか。「与」えられる「楽」とは、どんな幸せなのでしょう。仏教は、私たちの人生を苦しみに染める、根本の原因を抜き取り、本当の幸せを与える教えなのです。

合掌

人身受け難し、今已に浮く。
仏法聞き難し、今已に聞く。
この身、今生に向かって度せずんば、
さらにいずれの生に向かってか、
この身を度せん。
大衆もろともに、
至心に三宝に帰依し奉るべし。

釈迦

生まれ難い人間に生まれ、聞き難い仏法を聞けてよかった。何がなんでも今生で、生死の一大事(死んだらどうなるか)を解決しなければ、いつの世でできるであろうか。永遠のチャンスは今しかない。みな人よ、真剣に仏法を聞かねばならなぬ。

これを機縁に、たった一度の人生、私たちは何に命を尽くすべきか、深く考えてみようではありませんか。

釈 正輪 拜