cs201405_DSC_0042今月は、昨年の参議院選挙に減税日本から出馬、惜しくも落選したが、選挙運動の新たな可能性を示して善戦した弁護士、宇田幸生氏のケースだ。
最終回の今回は、選挙後の宇田氏の活動を追いかけ、今後の抱負について聞いた。

政治を身近に、そして立候補のハードルを下げなければダメだ

 参議院選挙を通じて宇田氏は、とにかく政治と有権者の距離を縮めなくてはいけないと痛感した。

「政策云々の前に、まずはそこが大きくかけ離れているということを肌身で感じたのです。これじゃあ、全然ダメでしょうと思いました」

 その通りだろう。だから投票率が低いままで終わってしまう。そうすれば、どうしたって組織票が有利なわけで、風も吹くことはない。

「多くの有権者にとって、所詮選挙は、遠い世界、わからない世界のお話のままなのです。自分たちだって、ここがおかしいから政策、あるいは法律で変えようと思えば、シングルイシューでもいいから立候補して、政治家になって、努力して、議員立法などを仕掛けて、それで目的を達成したら、また民間に戻ってくる。
“民議交流”という造語を作ったのですが、それができる世の中になって、初めて民主主義だと言えるのだと思っています。そうした環境整備を後押しするような政策を絶対に作らなくてはいけないと思っています」

 公職選挙法の改正も必要だろう。ただ、そうした本丸だけではなく、たとえば立候補に伴う休業制度や補償制度の充実も必要だと宇田氏は言う。

「もちろん、供託金制度も撤廃しなくてはいけません。そうやって、立候補のハードルを下げて、心ある有権者が普通に挑戦できるような土壌を作らないといけないということを、今回、立候補してみてわかりました」

「そうしなければ、結局、三バンが幅を利かせてしまい、どこかの国政政党に公認を得て、その党の支援を受けて立候補するしか道がなくなってしまいます。もちろんそれがすべていけないというわけではありません。しかし、私たちと政治との距離はなかなか縮まらないでしょう。さまざまな政策の実現という次元の話よりもまず、そうした選挙制度にかかわる思いを強くしています」

環境も激変。共同事務所を辞め、自身の法律事務所を開設する

 現在の宇田氏のスタンスはどのようものであろうか。

「公認されている間は党に所属しているわけですが、選挙が終わった後は、直接の関係はなくなります。政治塾も、いったんはクローズの状態になりましたが、2015年の統一地方選挙に向けて再開しました。ただ私は、政治塾はすでに卒業しています」

 現在の宇田氏と減税日本の関係は、場合によっては党から法律相談を受けるかもしれない、というまさに弁護士とクライアントの関係になっているのだと言う。

 実は、選挙を挟んで、宇田氏の環境も一変していた。以前は共同事務所で順風満帆だったが、政治の世界を目指すと決めたところで、パートナーとの意見調整ができず、事務所から身を引くこととなった。そのため、選挙終了後、改めて自分の法律事務所を立ち上げたのだ。スタッフを1名入れて、宇田法律事務所がオープンしたのが13年9月。ドタバタの船出だった。

「何をやるにしても、今は自分の生活基盤を固めなくてはいけないという時期なのです。だから、弁護士としての自分の仕事に専念せざるを得ません。もちろん、以前同様、愛知県弁護士会では犯罪被害者支援の活動も続けています。そうやって、弁護士としての社会貢献活動はもちろん継続しています」

 愛知県弁護士会では今、殺人事件など、重大な犯罪の被害者となった人の下に、弁護士を無料ですぐに派遣する制度を作る方向で議論が進んでいる。

「ここが政治的でもあるのです。私の所属する委員会の中で、いわばそのための規則=法案を作ります。それを愛知県弁護士会の国会のような場で議論していただき、審議をして可決してもらわなくてはなりません。国会答弁のように、その場に説明にも赴きます。そんな疑似的な経験は積める立場ですので、そうした形で社会貢献を継続しつつ、今は弁護士業務にまい進する時期と位置付けています」

 もっとも、それと同時に宇田氏は、自身のホームページに参院選で訴えた政策をそのまま掲げている。そこで彼は、「減税の思想を愛知から日本全国へ。政治に携わる者はパブリックサーバントとして質素を旨とし、庶民の税金を一円でも減らすことが基本です。」と訴えている。

 そして、アイチ・ナゴヤ発「庶民の民主主義」の確立、アイチ・ナゴヤから世界最強の経済地域・最高の教育・福祉を実現、脱原発の推進、TPPは情報を公開して国民的議論を行ったうえで判断、憲法改正という5つの項目について、自身の考えを述べている。

 つまり、彼の政治への関心は全く覚めていない。

立候補もまた人生と皆が思える社会は、きっといい社会だ

「今、一番やりたいことは、民主主義の根本的な考え方とか、法律ってなんぞやといった話を誰もがわかるように啓蒙していく、そんな活動です。学生向けに出前授業も行っていきたいと考えています。それによって、この社会の仕組みを法律という観点から見てみることができるはずです。そうすると、いろいろと考えていくきっかけにはなるのではないかと感じています。そうすることで、意見はさまざまでも、まずは皆で問題意識を共有することができれば、大きな前進ではないかと思うのです」

 国会はそもそも立法府である。立法府とは法律を作る場だ。そのこと自体について、皆、ぴんと来ていない。実際、本当に積極的に国会議員が法律を作っているかというと、はなはだ疑問だ。議員立法は本当に数少ないし、行政府、つまりは官僚の作った法案を真剣な論議も展開されないままに、結果として通してしまうという印象が強い。

 そうした問題点、さらにはあるべき姿を掘り下げていくことで、社会の仕組みがわかるようになるはずだ。

「河村市長に言われたことですが、一度選挙に出た人間と未体験の人間では、大きな差があるというのです。いずれかのタイミングで再び選挙に出るという選択肢が生まれるかもしれません。ある可能性を感じさせた候補ということで、お声掛けいただけることもあるかもしれません。たとえそうなってもいいように、それだけの準備はしておかなければいけないだろうと思っています。だから、今は、しっかりと仕事を行いつつ、自分でできる政治活動に力を入れていこうと思っているところです」

「今後、自分の人生がどの方向に向いて行くかはわかりませんが、今回のことは、すべてプラスになったと思います。選挙に出ていなければ、また違った展開になったでしょうが、それこそ、昔と何も変わらない展開、人生であったのだろうと思います。それはそれで良かったのかもしれませんが、やはり自分の求めている人生ではなかったと感じます」

 彼は、選挙での戦い方において、前回も紹介したように、決してハードルを上げなかった。できる範囲で一所懸命に策を練って選挙活動を行った。

 それは、サラリーマンであれ、自営業者であれ、容易に挑戦できるほどのハードルだろう。もちろん、落選したのであるから、意味がないと考える人もいるだろう。

 しかし、そこは時の運だと思う。立候補するだけがもちろん人生ではないが、それもまた人生と思えるだけの選択肢はほしいものだ。

 立候補する。当選すれば違う人生が始まる。落選しても、そこで得たさまざまな経験を糧にして、またそれまでの人生、ワーキングスタイルに戻る。それができる人生は、それはそれでおもしろいのではないだろうか。

どんな形であれ、挑戦する人は最後には報われる

 地方分権、地域主権はどこに向かってしまうのか。大阪都構想も紛糾している。河村名古屋市長の試みも、まだ、道半ばである。

「改革を一気に断行するというのは、やっぱり難しいことですよね。どんな場合でも反対勢力は存在しますし、さまざまな抵抗があります。そうした中で改革を断行しても、その後、どう融和を図るか、そこが大切なわけですが、なかなか簡単ではありません」

 地方自治は、首長がいて、議会があって、緊張関係の中で、切磋琢磨するのが理想的な姿だ。首長側が多数派になると、独善化する懸念がある。しかし、さりとて反対勢力が多数派になると、首長側の押し進めたい政策はなかなか実現が難しくなる。本来は、互いに立場を尊重しあいながら冷静に議論をして、住民にいい政策を実現していくというのが正しいはずだ。

 つまり、お互いの利害が対立する場ではなく、感情的なしこりが残るような場ではなく、冷静な議論を可視化すべき場所であるわけだが、さまざまな利害関係がからむから、事は容易ではない。

 答えはない。

 ただ、「他の人がやればいい」では、何も変わらない。初めに変えなければいけないのは、いつだって自分だから。挑戦する人にこそ、神は微笑むはずだ。

 そう、挑戦はするものだ。時にはバカな行いを楽しむものだ。それで失敗しても、得るものも大きい。そういう挑戦が人間を豊かにするし、人生を楽しくする。

 義憤という芯を通して、決して無理はし過ぎず、さりとて流されない。踊らされない。これは選挙だけの話ではない。

 宇田氏もそうだ。人脈は増え、貴重な経験をした。先の可能性もたくさんのバリエーションがある。なにしろ、落選しても、自信をつけた。彼もまた、自分の挑戦を決して後悔などしていない。

 そんな人生は素敵だと思う。

(文:赤城 稔)

宇田法律事務所
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