cs201405_DSC_0032今月は、昨年の参議院選挙に減税日本から出馬、惜しくも落選したが、選挙運動の新たな可能性を示して善戦した弁護士、宇田幸生氏のケースだ。
今回は、宇田氏が参議院選挙をどのように戦ったのかを見ていこう。

眠れない夜を超え、これは二度とない機会だと思い始めた

 河村市長から直談判を受けて、宇田氏の選択肢はほとんど絞られたのは事実だが、それでも彼に即答はできなかった。

「期待の大きさはわかりました。しかし、もう時間もないのに、裁判も続いているし、弁護士会の委員会の仕事もある。どうしよう……? 時間をもらってその場は帰ったのですが、1週間、ほとんど眠れませんでした。ずっと考えて、考えて、……」

 多分、答えは最初から決まっていた。自分にとってタイミングがベストというわけでは確かにない。三バンのない自分にとって、準備もない、時間もない中で、選挙という大事に突っ込んでいくのはリスキーなことだ。

 それでも、逆の考え方もある。

 政治の世界という遠い、縁もゆかりもない舞台から、わざわざ手招きしてくれている。普通に考えれば、こんな機会は二度とないことだ。自分がよし出るかと思って、出られるものではない。

「もともと河村市長の理想とする社会づくりになにがしかの形でお手伝いたいをしたい、実践したいと思っていたわけですから、だったら、市長の望む形でお手伝いするのがいいのではないかと最終的に結論づけたのです」

「もし、参議院議員になれれば、無所属ですから、場所は大きく違うのですが、今と同じような活動を向こうですればいい。勉強会をしながら同志を募る。そうやって、地域主権の後押しになるような政策を、他の党派や会派の人も巻き込みながらやれればいいと思いました。それには、無所属がむしろ好都合だろうとも思いました」

三バンのない人間が果たして頼れるのか、ネット選挙の可能性

「そう考えると、これは千載一遇の機会と思えるようになったのです。この国の形を少しでも変える、そのために役に立てるかもしれないとまで、妄想しました」

 だとすれば、このタイミングしかない。裁判や何やと障害はあるものの、このタイミングを外したら、地域主権を進めるという大きな観点からも絶好の機会を失うことになるかもしれない。

 もちろん、自分が出なくても、他の人が出て、それを推し進めてくれればいいのかもしれないが、直接市長からそういう話があったのであれば、自分がやるべきことだろう。もともとやりたいと思っていたことを、要はどの立場でやるかということに過ぎない。だから、お受けしよう。

 これが、宇田氏の心の動きだ。河村市長という人は、人たらしなのだろう。もちろんこれは褒め言葉だ。いいリーダーというものは、そもそも人たらしであるべきだ。そうでなければ人はついていかない。

 もちろん、そのためには、人がついていくだけの目的が必要だ。政治の世界においても、いや、政治の世界だからこそ、あるべき姿と現実のギャップを何とか是正したいという義憤が必要だ。

 そもそも政治的な目的は、私怨であっても、利己的な目的であってもいけない。党利党略などもってのほかなのだが、そうした目的のほうが、人の結束を高めやすいというのが笑えない現実である。

 もう1つ、宇田氏には勝算とまでは言えないものの、目算があった。ネット選挙だ。

「私は、いわゆる三バンは何もない。地盤もないし、鞄(お金)もないし、看板(組織)もない。準備も何もしていない。ただ、ネット広報ができるとなると、今までとは違う形の選挙活動ができるのかもしれないと思いました。ネット上に独自のメディアを持って、何もない人間がどこまでやれるのか。ひょっとしたらこれは、大きく選挙のあり方を変える一里塚になるのかもしれないと思ったのです」

 インターネットはこれまで、多くのことを変えてきた。大企業など力のあるものが使えば、確かに大きなパワーを生むが、それよりも、中小零細企業やベンチャー企業、あるいは主婦や若者など、どちらかと言えば資金も伝手もなく、弱い立場の人間に成功の可能性を提供する道具だと言えよう。

 生まれたての企業でも、ネットを使えば、販売網を築くことができるかもしれない。海外にも市場を広げることができるかもしれない。それと同じように、三バンのない人間が、選挙活動を行い、票の掘り起しを図ることができるかもしれない。

 知名度も何もない宇田氏にとって、河村たかし市長という後ろ盾(看板)、そしてネット選挙という方法論(地盤)を持ち、小さな鞄でもできる選挙を繰り広げることができる、そんなチャンスであったのだ。

 結果は、それほど甘いものではなかった。ネット選挙は、都知事選の家入一真候補の活動によって、さらにその可能性を広げたが、参議院選挙、都知事選挙を通じて、結果を覆すほどの風は生まれないということがわかった。

 それでも、ネットの力はそれほど小さなわけでもない。時代はこれから大きく変わる。宇田幸生氏のケースも、その試金石として見直されるときが多分来るのだろうと思う。

空中戦と自転車の遊説で頑張ったが、支援者に意見の対立も

 宇田氏が出馬表明をしたのは5月22日だった。満を持した記者会見というよりは、急きょ仕立てられた記者会見だった。

 愛知県は3人区。選挙前から自民党が1議席取ることはわかっていた。また愛知県は民主党王国だから、民主党がそうは言っても1議席取ることも間違いがなかった。あと1議席をどこが取るか。日本維新の会か、みんなの党か、それとも地域政党である減税日本(諸派=無所属)か。あるいは共産党か、社民か。10人が乱立したが、第三極の争いという側面が鮮明であったために、全国でも注目選挙区の1つであった。

 少し先走って、結果を書いておこう。自民、民主に次いで当選したのはみんなの党の候補者。次いで共産、維新と来て、宇田氏は6位。それでも15万2038票を獲得した。参考までにその後も挙げれば、みどりの風、社民、幸福、諸派と続いた。

「東京都知事選でも話題になった話ですが、1本化はできませんでした。河村市長の知名度とネット選挙を武器にすると言っても、出馬表明から投票まで2カ月弱しかありませんでした。しかも、愛知県は全国で屈指の面積を誇る選挙区です。ここを駆け巡るだけでも大変な時間が掛かるのです」

 この状況での出馬は無謀だという声も聞こえてきた。「現実を知らないがゆえの行動だ」と、周辺にも、そうした声はあった。正論である。

「ですよね。だけど、いったん決断した後は、私にはそうした観点は関係がありませんでした。自分が当選することがもちろん、一義なわけですが、ある意味ではそれ以上に河村市長の応援と、ネット選挙の1つの試金石になるようなトライをしたかったのです」

 地上戦、空中戦という。宇田氏は、あくまでも空中戦にこだわった。もちろん、街頭に出なかったわけではない。フェースブック上でも、河村市長と二人三脚で自転車を使ってドブ板で遊説を行う姿が、日々アップされた。

 普通は20時には終わる空中戦も、彼は23時59分まで続けた。その時間まで、ニコニコ生放送のように、河村市長との対談やネット座談会を続けたのだ。

 ただし、すべてが順風であったわけではない。準備期間が少なければ、やはりさまざまな摩擦も生じる。方針を巡った行き違いもあった。

「皆さん、私を当選させたいとの思いから、良かれと思ってさまざまなことを考え、主張されます。ところが、私は、それらの意見を統合し、融合させていく力に欠けました。最初の選挙で、皆さんに頼る部分が大きかったですから、なかなか意思統一を図ることができず、人間関係にひびが入る場面も正直ありました。それでも当選すれば水に流せたのでしょうが、そうはならなかった。『言わんこっちゃない』と言われることもあります。それは仕方がないことだと思います」

 15万票あまりの得票数をどう評価するかは、人それぞれだ。「言うことを聞かないからさんざんな結果になった」と評する人もいれば、「あれだけの期間でよくここまで取れた」と言う人もいる。総じて言えば、後者が多かったようだ。

供託金は返還され、お金を掛けない身の丈の選挙を貫けた

 あえて敗因を探れば、さまざまあるだろう。諸派、あるいは無所属の弱さというものもある。自民党に大きな風が吹いていた。民主党王国だから、民主党も1席を確保した。では3議席目はどこかとなれば、全国的にみんなの党、あるいは日本維新の会という流れだった。そのままの結果と言えば、結果だ。

 そうした中で15万票を得た。河村たかしの後ろ盾、諸派とはいえ、愛知県では減税日本という党がバックについている。それはあるが、自転車で走り回り、ネットで配信を続けるという空中戦と草の根選挙の融合は、それなりの効果があったと言うべきだろう。

 さらに言えば、その結果、お金を掛けない選挙を実現したことも特筆に値する。もちろん、300万という供託金は積んだ。しかし、15万票を得たことによって、供託金は返還された。都知事選の家入氏ですら、供託金は没収であるから、その差は大きい。供託金だけではなく、選挙公報の費用も、公費で支弁された。

 その結果、宇田氏自身が持ち出したお金は、200万円に満たないそうだ。1票当たりのコストとして計算すると、全国的に見ても、お金を掛けない選挙として、1つの形を示したと言えよう。

認定団体である国政政党と、地域政党や個人との差別が歴然

 1つだけ、どうしても解せないことがあった。国政政党と諸派(無所属)の扱いの違いだ。

「国政政党でない政党は、政治団体扱いなのですが、この扱いがあまりに差別されているのです。そのことを、あからさまに体感しました」

 どう違うのか。妙な話であるが、認定団体(=国政政党)以外は、選挙期間に政治活動ができないのだ。

「国政政党は政治活動ができるので、政党の車を使って、各種のビラを配ることができますが、私たちはできませんでした。党の名前で出すこともできませんし、ノボリを掲げられる場所も限られます。ビラは配れますが、公職選挙法で認められたビラ(=ポスター)しか配ることができないのです」

 公示前であれば、政党ニュースなどの冊子を配ることができるが、いざ公示されるとそれもストップしなければならない。

 それと比べて国政政党の候補者は、党の印刷物をいくらでもばら撒ける。確かに、この違いは大きい。

「車も1台しか許されないので、スタッフに協力してもらって複数の選挙カーで一斉にスタートするなどもできないわけです。これだけ差別されるのかと身を持って感じました」

 ネット選挙が解禁したので、たとえばホームページを作り、更新することはできる。そこで思いの丈を語ることができるが、それを印刷物にすることができない。ネット選挙というが、一体どれだけの人がわざわざホームページなどを見てくれるかはわからない。

「だから、せっかく遊説をしたら、その場でビラを配りたくなるわけですが、それをやると違反になってしまうのです」

 つまり、国政選挙は、新規参入者に冷たいわけだ。できるだけ無所属の風が吹きにくくしている。公職選挙法は当然、国会で作られた法律だ。だからお手盛りになる。

「現職にとって有利にしたいのが人情というものなのでしょう。だから選挙制度もなかなか変わらないわけです」

(文:赤城 稔)

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