DSC_0016たくさんのプロカメラマンがいる。それぞれ、追い求めるものは違う。同じ人間でも、追い求めるものは変わっていく。デジタルカメラの進化やスマートフォンの普及によって、誰もがカメラマンになれる。気軽にその瞬間を切り取り、他人に見せることができる。そんな時代だからこそ、なぜ写真を撮るのか、何にこだわるのか。プロカメラマンたちの葛藤は続くし、そこから学ぶものが少なくない。森山徹氏いわく、「自然も人物も被写体としては同じ。極地も東京という日常ですら、追い求めるものは同じなんだ」。

 つまり、どんなに違う被写体、また環境であっても、それを撮影するカメラマンの目線、自我は同じだというのだ。では、森山徹というカメラマンの自我とは何なのだろうか。

『月刊PLAYBOY』や『野生時代』、数々の広告写真で活躍してきた森山徹氏には、冒険家や格闘家のイメージがだぶる。実際、お子さんが生まれるまでは、そのオーラは半端なく研ぎ澄まされたもので、怖いという印象すらあったものだ。

 それが、お子さんが生まれて変わった。目の鋭さは変わらないが、柔和になった。それはもうずいぶん前のことだ。一緒にオーストラリアをロケしたこともある。カメラマンにはタフな人が多いが、森山氏は中でもタフで、それでいて撮影した写真からは優しさを感じることが多かった。

「ロードムービーが好きだ。いわゆる風景写真は撮らない。ありのままの人物を追い掛ける。景色は、その世界観の中に彩られる舞台装置、あるいは心象風景だと思っている」と言う。

 もちろん、仕事となれば美しい風景写真も撮るが、真骨頂は迫力ある自然の姿、流れいく時間を表した、どこか物寂しい、自分自身を見つめてしまう、そんな写真が多い。そして、人物写真は確かに素晴らしい。

 昭和24年、佐世保に生まれ、小学校卒業まで過ごした。当時はまだ戦争の傷跡が深く、山で遊んでいると、錆びた拳銃や大砲の弾などを見つけることもしばしば、街や港にはアメリカの兵隊が闊歩する、そんな幼少期を過ごす。父親は三菱商事在籍中に赤紙をもらい、下士官として入隊。昭和20年の終戦間近に釜山から下関経由でシンガポールにトラック400両を運ぶ作戦、その輸送船団の指揮をしていた最中に台湾海峡で潜水艦の攻撃を受け、台湾の高雄軍港に非難したという兵(つわもの)だ。終戦後、三菱商事を辞め、独立。日蓮宗を信じる家系だったが、なぜかキリスト教に帰依。その影響から、小学校卒業後、森山氏は親元を離れ、中学から高校と、千葉にあるプロテスタント系の教会が運営する全寮制の学校に行くこととなったそうだ。

「その学校の図書館で目を引いたのが、黄色の表紙のナショナル・ジオグラフィック誌だった」

 オリジナルだったから、もちろん文章は英語。当時はまだ英語は読めなかったので、写真に没頭した。そして、感動した。世界の広さ、その奥深さ、そしてそれを伝えてくれる写真の魔力に引かれた。

「探検家になろう」と思い、まずはそれまで学校になかった写真部を作った。それで写真を始めるが、探検家になるという夢はあまりリアルではなかった。そのために大学に通うというのもピンとこない。森山氏は高校卒業後、まずは佐世保に帰り、2年の間、アルバイトをしてお金を貯めた。それからアメリカに渡り、1年間は英語学校に通い、TOEFL試験を受ける。ほんの数点、基準には満たなかったのだが、先に通っていた兄の尽力もあり、テストを受けさせてもらってパサデナ・シティ・カレッジに入学。改めて写真を学び始める。

「自分の人生そのものが、ロードムービーだったような気もする」と言う。

 中学生になった途端に親元を離れた。それからの6年間、夏休みなど、長期休暇の度に帰省した。東京から長崎まで急行寝台や特急寝台を使って帰る旅だ。今だから吐露できると、森山氏は「その生活で、自立心は身についたけど、心の奥底では、いつも寂しかった。行きの電車の中ではいつも、早く帰りたい、早く両親の顔が見たいと故郷に思いを馳せていた。そして楽しいひと時を過ごし、帰りの電車はいつも寂しさに打ちひしがれていた」と言う。

 失礼ながら、人恋しい人は、いわゆる探検家にはなれないと思った。森山氏が人物写真にこだわるのも、そうした経験によるのかもしれない。ファインダーをのぞきながら、そこにその人のドラマや人生を垣間見る。その印象をとことん追い掛けて、一瞬を切り取る。切り取るのは一瞬だが、そこには、それまでの被写体の人生が凝縮されている。だから被写体となった人たちに森山さんの写真は気に入られる。

 パサデナで在学中も、人物を追って、ストリートフォトに専念した。ある時、新聞で朝の同じ時間帯に出没するホームレスの存在を知った。ショッピングカートに家財道具一式を詰めて、奇抜な恰好をして闊歩する男性だ。この男、東海岸のほうでとある会社のCFOを務めていたそうだが、友人に裏切られて、何もかもが嫌になり、家庭も会社も放り出して、西海岸に流れついたとのことだった。森山氏は彼に興味を持ち、数日を掛けて探した。それほど苦労はせずに見つけたという。その男性にタバコと一杯のコーヒーとドーナツを渡し、写真を撮りたいと申し出て、許しをもらう。その写真は、大学のコンテストで優秀賞を受賞した。

 カレッジを卒業後、アートセンターカレッジに編入も考えたが、学費があまりに高額で工面できず断念。森山氏はアメリカを後にし、東京へと戻った。

(文:赤城 稔)

※次回は11/9更新予定です。

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