DSC_0041_m今回は、ビジネスの世界から政治・行政改革を目指す立場に転身を図る、オープンGイニシアティブ代表、渡邊健氏のケースをお届けしています。

地方から、情報の非対称性をなくし、市民の政治参加を促したい
「2015年の統一地方選挙も確かに意識の中にはありますが、ビジネスの世界から本当に政治の世界に転身するかどうかは、その時に周りで支えてくれている人たち、一緒に動いている仲間がその気になるかということも大切ですし、さらに、一つの県や市町村の改革にこだわるのがいいのかというためらいもあります。

 ただ、いずれにしても、何らかの形で政治や行政にかかわる、あるいは物を申すことは必要になります。そのための第一歩として、市民目線で情報公開や公文書管理、市民の政治参加ということについて議論をして、草の根でその重要さについて広めていく活動を始めています。それがオープンGイニシアティブという勉強会です。昨年の10月から細々と始めました。

 自分はビジネスの現場で専門的にこの分野に関わってきましたし、修士ではありますが、大学院で学び、研究もしています。だから、情報公開申請などには縁遠い人に、こうすれば、知りたいことが行政から出てくる可能性がありますよというところから、情報を共有していこうとしています。会社に勤めている普通のサラリーマンが、そのような活動をすることにも意味があるのではないかと思います」

 この集いも徐々にではあるが、広がっている。渡邊さんが学んだ日本政策学校の仲間や、渡邊さんが理事を務める会社の若手ビジネスパーソンやパートタイマーなど、幅広い年代の人たちが参加して、さまざまに意見をぶつけている。

「賛同してくれる人が、徐々に広がってきているので、しばらくは個人の立場でやっていこうと思っています。自分はこの分野で稼ぐとか、これを事業にするとかといった考えはありません。政治活動でもありません。あくまでも草の根で、そうした知識や知恵を広めていきたいと考えています」

 専門である、ビジネスの世界に向けての発信は、ARMA Internationalを通じて行っている。この組織はアメリカにヘッドクォーターがある歴史のある組織だ。

 このように、彼は現状に飽き足らず、銀行でのキャリアを捨て、実業の世界に飛び込み、そこで得た疑問、さらには義憤をエネルギーに、自らのライフワークを定め、「法律の精神を遵守して、1800余りの自治体がそれぞれしっかりとした公文書管理を行い、それをベースに情報公開が日常的になる、そんな社会を実現する」と目的を明確化し、その目的に向かってさまざまな活動を始めている。それはまさに自立した生き方と言える。それを彼は超主体性と呼んでいる。

ソーシャルメディアで発言し続けるための超主体性の意味
「数年前までは、実は私はソーシャルメディアというものに懐疑的でした。それが、オープンGイニシアティブという形で、自分で主体的な活動を始めようとすると、これほどいいツールはないということに気づきました。情報を取得するだけでなく、自分で発信をしていこうとしたときに、その良さを痛感しました」

 誰しもが感じるところであろうが、フェースブックなどに毎日勤しんでいると、友達が何をしているのか、今日、何を食べて、どこにいるのか。そうしたことを見ていても、ふと、それだけではつまらないと思い始める。飽きてしまう。

 だからと言って、自分で発信をしようとしても、発信すべきものが自分にあるかというと、はなはだ疑問だ。自分としてはあっても、相手がそれを望むかということが問題になる。私信であればそんなことを気にする必要はないが、たとえそれが生計の糧ではなくとも、誰も見向きもしない、関心を寄せない情報を発信し続けても、それはむなしい。

「自分が発信する内容が、果たして世間から求められているものなのかどうか。ブログも更新していますが、これってどうなんだろうと思ってしまう自分がいるわけです。そこで超主体性にこだわることに決めたのです」

 つまりはこういうことだ。仕事で、こういうプロジェクトに入ることになった。こんな授業を受けた。セミナーを受講した。その場合に、自分の意志で入った、行った行為を、一般的は主体性のある行為という。「主体的に参加した」というわけだ。

「そんな情報ではダメだろうと思い始めたわけです。そこで、発信する情報としては、セミナーでも勉強会でも何でもいいのですが、主体的に参加したうえで、少なくとも自分はこういう発言をした。こういう思いだった。あるいはこんな議論をした。こんな質問をしてこういう答えを得た。それについてこう思ったということしか、発信しない。理想的には、自分でこんな会を主催して、こういう人たちが集まり、こんなディスカッションをした。そうした情報を、リアルの場だけでなく、ソーシャルメディアにおいても発信する。それが主体性ではないか。一般の言い方に照らして言うのであれば、超主体性だろうと。だから、極力そういう情報だけを発信するという枷を自分に課したのです」

 ネットで発信することが生活を変える。実は昔からよく言われていた側面に通じる話だ。たとえば、町おこしにホームページやブログを活用しようと決める。すると、毎日のように更新する魅力的な内容がなければ、ホームページもブログもおもしろくないと気がつく。形から入るのと同じだが、ホームページなどに魅力的な情報を掲載したいから、実際の活動が活性化する。町おこし自体が進み始める。そこを怠れば、結局、閑散としたホームページが出来上がり、町おこしそのものも進まないということになる。

 あるいは、自社のホームページを作ろうとすると、自社の欠点、弱みが如実になる。ブランドに方向性がなく、混沌としていて、階層が作れないとか、そもそも理念がよくわからないなどといった具合だ。だから、ホームページを作るためにも、まずそうした点を何とかしなければいけないというので、社内改革やブランドコントロールが進むというわけだ。

 そうしたことが、個人の生活においても起こる。毎日、あるいは毎週でもいいが、何か注目を集めることを発言する。そのためには、もちろん、ただひたすら考え、発言するだけの人もいるだろうが、発言すべき内容を得るために、さまざまな活動を始めなくてはならなくなるのが普通だ。最初はそうやってソーシャルメディアに脅されているような活性化かもしれないが、それが自分の心のエンジンを回し始める。

 疑問を持つ、義憤を持つだけでは、早晩、発信すべき情報はなくなってしまう。そこを切らさないためにも、活動、活動、活動!を繰り返す必要が生まれる。

「そうであれば、記事を書いている時にも力が入ります。そして、自ずとオーディエンスの反応もよくなります。
ベストなのは、自分で主催する、企画する、調査するなどした情報のアップリンクです。そうした超主体性を発揮できるだけの機会、知識、場が確保されつつあるところです。それが自分にとってもモチベーションの源泉になっています」

超主体性をベースに発揮されるリーダーシップのあり様
「会議で何もしゃべらない人がいますが、それはつまらない。私はどんな場であっても、誰も発言しないのであれば、自分一人でもしゃべっているほうの人間です。

 会社の中で、ポジションが上がっていくと、しゃべらなくなる人がいますが、私は、その立場なりの発言をしていくことが大事なのだと思っています。

 実は、今学生として在籍している大学院ですが、私はそれなりに業界での経験を積んでいるほうなので、単なる学生ではすまされないと思っています。なので、問題提起をするにしても、プレッシャーがあります。変なことは言えないのです。

 授業はほとんどゼミ形式なので、自分の知りたいことだけでなく、皆のために役立つことを常に探しています。会社の会議でも大学院のゼミでも同じだなと悟りました」

 この発言に耳が痛くなる人も少なくないことだろう。簡単ではない。会議を豪快に仕切るのではなく、議論のきっかけを投じる。皆の抱えているテーマに主体的に関心を持つ。そうやって議論を盛り上げていく。

「なかなか難しいですけど、楽しいですよ、ただ聞いているよりは。それに先生だと、あまり好き勝手に議論を誘導できませんが、学生だとそこはある程度無責任にできる。視野がむしろ広くなるのです。そうやっているうちに、全く関連を持っていなかったテーマや人が、アタマの中で結びつくことがあります。そこで、こっちの人とこっちの人、あっちのグループとこっちのグループを引き合わせてみる。私は、そんなことが得意なのかもしれません。好きな役回りでもあるのです。ただし、大学院ではさすがにその場にいる人たちの専門性が高いですからね。ビジネスのように簡単にはいきません」

 渡邊氏なりのリーダーシップだ。触媒となりながら、その場をリードしていく。なぜそれができるのか。超主体性という枷が生きているからかもしれない。

ビジネスの素人が、素人の政治家になっても仕方がない
 そんな渡邊氏が強調することがある。

「ビジネスパーソンが政治や行政を変え得るというコンセプトがあります。そのこと自体を否定する気はもちろんないのですが、当然のことながら、ビジネスパーソンが誰でも政治を変えられるわけではありません。その前に、自分が果たしてビジネスの世界でプロなのかを自問する必要があると思います。

 たとえば、大学を出て、ある企業に3年勤めましたとか、あるいは『20年サラリーマンをやってきて、課長の仕事ができます』といった人が、果たしてビジネスのプロと言えるでしょうか。その世界でしっかりとマネジメントの経験を積んで、企画力やマーケティングを学び、実践してきた人がプロなのであって、そうでない人はビジネスの世界での素人です。その人たちが政治の世界での素人に転身しても、それで何かができるとは私は思いません。また、ビジネスの世界ではプロであっても、政治の世界の事は何も知らないというのでも、おそらくうまくいきません。政治や行政の世界で通用する専門性や処世術は、やはり身につける必要はあると思うのです」

 どんな場所においても、短絡は許されない。だからこそ渡邊氏は飛び地ではなく、自分の専門性の延長線上の仕事を政治の世界でも推進したいと思っているし、そのための研鑽に余念がない。

 確かに、ビジネス界の素人が政治の世界の素人にただなられても困る。それこそ優秀なビジネスパーソンが、努力を惜しまず、政治や行政の世界で生きられるように研鑽して、政治家、あるいは行政の長になる。そうした機運が望まれる。

 ビジネスの世界、つまりは営利セクターから政治や行政といった公共セクターへの人の流れ、さらに中央から地方への人の流れ、そうした人材の流れが加速することは多分、望ましいことだが、それが安易な流れに今はなりつつあるように思える。それは危険だ。

※次週に続く

(文:赤城 稔)

オープンGイニシアティブ
http://openg.sakura.ne.jp/project/

渡邊さんも登場する書籍『政治って、もしかしたらおもしろい!