DSC_0020_m今回は、ビジネスの世界から政治・行政改革を目指す立場に転身を図る、オープンGイニシアティブ代表、渡邊健氏を紹介しよう。

銀行マンから実業家へ、そして3.11で再び転機が訪れる
 肩書きを一つ選び、オープンGイニシアティブ代表としたが、この人、かなりの数の肩書きを持っている。記録情報管理サービス会社の理事、学習院大学大学院人文科学研究科アーカイブズ学専攻、ARMA International東京支部 理事、聴き書き人、そしてオープンGイニシアティブ代表。

 聴き書き人とは、パーソナルヒストリーを聴いて書き起こすという研究活動。オープンGイニシアティブは草の根で情報公開や公文書管理を中心に政治について議論し、意識を深めていきたいという運動。ARMAは非営利の団体で、記録・情報管理に関わる人々が集って、情報交換や先進事例の研究などを行う世界規模の非営利組織だ。

 一言で言えば、この人、情報管理についてさまざまな立場で多彩な角度から調査研究を行い、発信している。

 渡邊氏は某大手都市銀行で活躍していたが、銀行は追い詰められていたのに、周りに危機感が感じられない。こうした場所で貴重な時間を過ごしていいのかと考え、33歳のときに転職。その時に彼が飛び込んだのが、レコード・マネジメント(記録情報管理)の業界だった。もっとも、その後ライフワークとする情報管理の分野であるが、その時は、その業界を望んで飛び込んだわけではなかった。

 彼は実業の世界で経営がやりたかった。渡りに船で、ファンドが管理する再生案件の話が舞い込んできた。彼はその会社の執行役員として売却サイドの窓口業務を行い、最終的に売却という形でイグジットに貢献した。

「達成感がありました。その後、また新たな会社を探したわけですが、そこでの経験からレコード・マネジメント業界の発展に貢献したいと思ったのです。なぜならば、社会インフラとして絶対に必要な機能だからです」

 そして渡邊氏は現在理事を務める会社に入社、辣腕を振るい、常務執行役員までになった。しかし、40歳半ばでまた転機が訪れる。

 身体にさまざまな異変が起こり、大病も経験したのだ。そして、多くの人が自分の人生を見つめ直す契機となった3.11の大震災が勃発。渡邊氏も、自分のキャリアをもう一度見つめ直したいと思い始めたそうだ。

行政と市民の情報格差が縮まらなければ、政治参加もできない
 そこから彼は、さまざまなチャレンジを始める。日本政策学校で学び、NPOの世界に身を投じ、さらに、大学院に通うために役員を辞し、その後、理事という肩書きで会社に残った。その先に見つめるものは何か、それは、草の根運動であり、政治・行政の世界だ。

 昨年来、特定秘密保護法の問題が大きくクローズアップされている。この問題を語る上でも、本来ベースになるのが公文書管理など、情報管理の問題だ。日本には、行政機関が保有する情報を開示する制度として、情報公開法制がある。ところが、そこで公開されるべき記録・情報をそもそもどう管理するべきなのかという公文書管理のルールを定めた法律がなかった。

「その結果、どういうことが起こるでしょうか。情報公開法はあるのに、公開を請求されても、その請求に相応する文書が不存在という事態が多発しているのです」

 省庁における公文書の取り扱いを対象とした公文書管理法は、2009年にやっとのことで成立した。しかし、この法律の適応範囲は省庁止まり。地方公共団体は対象となっていない。この法律を根拠に、各自治体で条例を整備していかなければいけないのだが、遅々として進んでいない。

「特定秘密だ、情報公開だと言う前に、そもそも情報がちゃんと管理されていなければ何にもなりません。情報が管理されて、請求に基づいて公開されないことには、地方分権、さらに行政への市民参加というこれから議論されるべき最も重要な行政課題も前に進まない。なぜならば、情報格差が全く縮まらないからです。そこを何としても打開したいと考えるようになったのです」

 オープンGイニシアティブは現在、渡邊氏個人が仲間を集め、発信する場だ。会員制ではなく、誰でも自由に出入りできる。賛同者を巻き込み、もう少し組織立ってスタートすることも考えたが、それには意見調整も必要となり、時間もかかる。だから、一人で走り始めた。

「3.11があって、自分も、もっともっと社会に直接役立つことがやりたいと思い始めました。政治や行政の対応にも不満でした。20年、ビジネスの社会で思いっきりやってきたという自負がありました。役員を何年もやらせてもらいました。30代である程度、やりきった気がしました。そして、それだけでは満足できない自分になっていたのです」

自分の孫から「あなたたちは何をしていたのか?」と言われたくない
 ふとしたきっかけで知った、日本政策学校にオンライン科生として入学、それまで断片的にしか知らなかった政治や行政の世界を体系立てて学び始めた。その結果、
「自分のビジネスの本丸である記録情報管理が、政治や行政の面でも非常に重要なテーマだと言うことを知りました。国もさることながら、地方公共団体の情報公開、その前提となる情報管理をもっともっと推進していかなければいけないと思い立ちました」

 そこから彼は、それまでの立場を捨て、多方面にわたる活動を始める。研究者として研究を進め、業界団体での活動を始め、さらに草の根の政治活動をもスタートさせたわけだ。

 彼の決意は、義憤で強化された。その矛先は、政治や行政と一般の間にある大きな情報の非対称性であり、さらに言えば、日本人の情報管理に対する意識の低さだ。

 たとえば「難しいことは誰かうまく解決してくれる」「それは偉い人たちが決めることで自分たちには関係ない」といった考え方が蔓延すれば、「難しいことは知りたくない」「知らされても困る」という文化になってしまう。そうであれば、必要な情報が管理され、残されているかどうかなどといったところには、到底、関心は向かない。

 そもそも情報管理に辛口でなければ、情報公開も特定秘密保護も語れる話ではない。

「失われた20年といわれた時代に、自分はビジネスマンとして経済的な面を含めて、恵まれたキャリアを積ませてもらったと思います。若くしてマネジメントの経験もさせてもらいましたから、多少なりと自戒の念も込めて言うのであれば、団塊の世代を中心として、その時代のマネジメント責任というものは、決して小さくないと思っています。
そして3・11が起こった。これから日本は、さまざまな意味で生まれ変わらなければいけないわけです。原発の問題も含めて、今後さらに20年、30年と、下手をすると失われた時間を積み増ししていくことになりかねません。後から振り返って、この時代の中核世代はどの世代ですか?と問われて、下を向いて黙っていなければいけないのは耐えられないのです」

 自分の孫が学校で、この時代のことを学ぶ。その時に、「あれだけのことがあったのに、何も変えられなかった連中がいる」と言われてしまう。その世代の一員になるのが嫌だと言う。もっともだ。そんなことは御免蒙りたい。

※次週に続く

(文:赤城 稔)

オープンGイニシアティブ
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渡邊さんも登場する書籍『政治って、もしかしたらおもしろい!