cs06_03_01TPPへの交渉参加や憲法改正、原発再稼働の可否など、日々のニュースではさまざまな事柄が「対立軸や政局」として報道される。しかし、目指すべき将来の姿を明確にせずに個別の論議に矮小化することに果たして意味があるのか。前衆議院議員、市村浩一郎氏のカバーストーリー第3回は、市村氏が考える「国柄」をベースにしたグランドデザインと、政界再編の方向性について伺いました。

 グランドデザインがない。昔から、さんざ繰り返されてきたわが国の評価だ。エネルギー行政も、TPPも、農政も、あるいは憲法改正論議や国防軍問題も、どちらの意見が正しいかはともかく、付け焼刃な政策、権力闘争や既得権益の主張、あるいは一点突破の政局に過ぎなく見える。つまりはそのどこにも、日本をどうしていこう。この国、あるいはこの列島をどうしていこうというグランドデザインが見えてこない。

「国体というと、誤解を招くので、私は国柄という言葉を使います。日本という国がどういう国であるべきなのか。あるいはそもそもどういう国なのか。

 日本の歴史にも、確かにさまざまな紆余曲折がありました。しかし、その中から見えてくる日本という国の国柄は、決して排他的な単一民族ではなく、多民族国家であり、その中で恥を知る文化を花開かせ、そして和と調和と中庸を求め、自然を畏怖し、平和と安心安全を願う国民性だと私は思います。今こそ、そうした国柄を思い出し、発揮する時だと思うのです。足元を固め、そして世界にその精神を広めていくことが求められているのだと思います」

 今問われているさまざまな問題は、政治勢力によって対立軸や政局にされてしまっている。そのことで、それぞれの問題は矮小化されてしまっているのだ。原発問題に、右翼や左翼は関係がない。廃炉にするならばするで、その夢のない仕事、この先長い年月を費やす仕事に人材が集まるように、夢を提供しなければいけない。せめて意義を与えなければいけない。それも政治の仕事だ。

「TPPもそうです。私は、交渉事には基本的にすべて参加すべきだと思う。そこで守るべきものを守っていく。しかし、そのためには常にぶれないベクトルがなければいけません。それこそグランドデザインがなければ、何を交渉していいかわからない。今もそうです。それぞれの主張があるだけでまとまった方向性がない。だから交渉にも負けてしまう。腰砕けになる。結局は構造協議の時代と同じように、米国のいいなりになってしまうしかなくなるのです。交渉ではなく、『承りました』と言う役目になってしまう。TPP云々以前の問題なのです」

 アメリカや他国が言うからではなく、我々自身の問題として、考えなければいけないことはたくさんある。

 憲法もそうだ。護憲だ、改憲だと対立軸にするのではなく、じっくりと検討して、議論をして、変えるべきところは変える勇気は必要だ。ただ、ある意図を持って改憲を進めようというのとは意味が違う。

「ただ私は9条2項の前段、戦力の不保持はやはり、自衛隊という現実と矛盾していると思います。そうした矛盾があるから、憲法総体に対する信頼が揺らいでいる。誰も憲法を顧みない。そうした状況を変えるためにも、見直すべき点は見直すのがいいと思っています。そこはしっかりと議論するのがいい。ところがどうしても一つの考えに凝り固まった政治集団が乗り込んでくる。だからまともに考えようとしている人たちが嫌になってしまう。憲法も原発も、もっとクールに自然科学や社会科学、すなわちサイエンスとしてとらえ、考えるべきなのです」

 そこに必要なものも、グランドデザインだ。もちろん、憲法を基に、グランドデザイン、日本が進むべき道を再構築してもいい。いずれにしても、新たな世紀に向かうためのグランドデザインが必要だ。

「安倍政権に求めるものはそれです。どのような国柄を求めるのか、その姿を示してほしい。そして野党には、再編が必要です。第三極の存在があって悪いとは思いませんが、私はやはり、基本は二大政党が切磋琢磨する姿がいいのだろうと思っています。そこで必要になるのが政界再編です。野党の再編ではなく、政界の再編でしょう。その軸が、今私の所属する民主党とは限らない。民主党にも功罪がありますが、覆い隠す罪に功が埋もれてしまっています。本当の罪もあります。そんな解釈もあるのかと思う罪や、誹謗中傷もありますが、もう、そこを拭おうとしても無理です。信頼回復はできない。だから、新しい軸が必要です。国柄を表面に打ち出した新しい結集軸です。命を決して粗末にしない。憎しみの連鎖を断つ。恥を知り、自然を慈しみ、和を貴しとする。そうした日本本来の国柄です」

 織田が搗(つ)き、羽柴がこねし天下餅、座して食らうは徳川家康

という歌がある。市村氏は、この家康を安倍政権になぞらえる。民主党の数少ない功を、安倍政権が食らっているという構図だ。それでもいいと市村氏は言う。ただ、食らうなら、最後まで、覚悟をもって食らってほしいと願う。そして、「百年の計をもって真の維新を成し遂げなければならない」と言う。

(文:赤城 稔)

※次回は10/26更新予定です。

被災地の復興にも、本来ならばより明確なグランドデザインが必要だ

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